私の場合




スピリチュアルなことに興味を持ち始めた私自身のきっかけは、二十歳前の大失恋に遡ります。二十歳を目前にしてそれまで付き合っていた彼と別れたことは、私にとって人生の大きなターニングポイントでした。
自分の人生は完全に自分だけのものであって、その道を歩くことは自分にしか出来ない。たくさんの同じ時を分かち合った人と離れて、そう気付いたことを受け入れるのには三年かかりました。



そしてその三年の間、(初めに三年と自分で決めたのですが)、私は彼を待ち続けました。正確にいうと三年間、彼の側にいられる未来につながる「道」を探しつづけたのです。
一分、一秒気を抜かずに。真剣に。
その頃の私は考えました。
「人生は選択の連続で、その結果が求めている未来につながる」と。だから自分は彼との未来につながるような選択をし続けていかなければいけない。
そこで私は静かに迷い始めました。
今日は何を着るか、何を食べるか、何時何分に家を出るか、どちらの足から靴を穿くか、どの道を通るか、、、いつも、いつも彼の近くにいる未来の自分に続くために、一番いい道を探し続けていました。


(その頃の私は、もう以前思い描いていたような彼と私の未来がやってくる可能性は限りなくゼロに等しいということをどこかで知っていました。どうしてかというと、その未来は本質的に私が望んでいる幸せと異なったからです。それでもその時の私はその未来がどうしても欲しくて、わずかな可能性をたぐりよせるために神経を張り巡らし、その努力をどこかにいるかもしれない神様に汲んでもらおうとしていました。
今だったらあの時の私に言うことが出来ます。
結果を決めるのは、選択よりも最初の意志だと。意志があれば、何を着ても、何を食べても、何時に家を出ても、どちらの足から家を出ても、どの道を通っても、電車を使っても、バスに乗っても目的地に辿りつくことができる。だから好きな方、より惹かれる方を選べばいいと。)



そして、二十四時間そうやって彼を待ち続けて迷いつづけているうちに、不思議なことに私は、色々なものを意識的に選ぶことができるようになりました。究極的に自分を追いこんで選ぶしかない状態にいると、三つあるものの内の一つがはっきり見えたり,並べてある二つのものを見ていると頭の中で「右」とか「左」とか声がするのです。
三年間色々迷っているうちに、選択したものが彼につながっているかということよりも、「迷わずに選べるか」ということが次第に自分の中で大きくなっていったのですが、とにかく自分が何らかの方法で物事をあまり迷わずに選択できるようになったときには本当に安堵しました。



けれども、そこで少し困ったことが出てきました。
最初は何かを迷っているときに聞こえただけだった「声」が、思ってもいないような時に思ってもいないことを勧めて来るようになったのです。
カタログを見ているときに思ってもいないようなものを「それを買って!」と言ってきたり、歩いているときに「この店に入って!」とか、「この道を行って!」とか「この電車の前から三両目に乗って!」とか聞こえるのです。
私は少し頭がおかしくなったのではないだろうか、とも思ったのですが、その「声」が自分の頭の中で響く分、あまり無視もできなくてそのとおりにすると、言われて買ったものがすぐに必要になったり、探していたものが入ったお店で見つかったり、道でばったり友達とあったり、移った車両に気持ちよく座れる場所があったり、次の駅で知り合いが乗って来たりしました。



このように、「声」の言うととおりにすると、それは自分にとっての何かにつながる。それはそんなに悪いことではない。そう分かってきたものの、やはり突然色々言われて動くことに少し疲れてもきていて、一体自分はどうなってしまったんだろう、と悩み出したとき、以前「声」に古本屋さんで「この本を買って」といわれて買った本を手にとりました。
私はよしもとばななさんの小説がとても好きで昔からよく読んでいたのですが、それはよしもとばななさん解説の※「ようこそ地球へ ECTON2」(リチャード ラビン著、チャンパック訳、解説:吉本ばなな、ヴォイス刊)という本で、ぱらぱらとめくったところでは、それほど惹きつけられはしなかったのですが、一応買っていつか読むつもりで自分の本棚に入れて置いて何ヶ月も忘れていました。



とっても疲れていたある休日の日に、たまたまその本を手に取った私は適当なところを開いて読み始めました。
それはどうもカウンセリングの本らしいのですが、ちょうど開いたところの質問をしている人が少し自分に似ている気がして、紙とペンを取り出して載っている文をそのまま書き出してみました。
すると、それまで何とも思わなかった優しい言葉が私の胸に響き始めました。
なぜだか語りかけてくる言葉が今直接自分に向けられているような気がするのです。
「本当の愛」に触れたといえばいいのでしょうか。
ここに書いてある言葉は真実の響きをもっていて、本当の私についてを語っている。そんな気持ちになりました。
何章か清書した後で私は、この作者は一体誰なんだろう、同時代の人なんだろうかと思って著者について調べてみました。
すると著者はリチャード・ラビンというカウンセラーでエクトンという存在をチャネリングしていて、彼はワークショップを日本でも行っている、そして何と2.3週間後に彼のワークショップが東京で開かれる!ということがわかりました。
こんな言葉を紡ぎ出す人に会えるかもしなれないなんて、なんて幸運なんだろう、是非ワークショップに参加したい!とワクワクしながら更に彼のHPの中にある日本語通訳付きのワークショップのオーディオフリーサンプルを聴き始めると、「...もう少しでこの身体と完全につながることが出来ます」という声がしました。
そこで私は愕然としました。
「人間じゃないじゃない!」
あまりのショックで、ふらふらになってしばらく眠ってしまったのを覚えています。



それから私は悩み出しました。
リチャード・ラビンのワークショップに行きたい。あの文章は私がこれまで感じたことがないくらいに愛に満ちている。
でも怖い。
チャネリングって、いわゆるイタコのことだ。
違う世界に触れるのが怖いし、もしエクトンがあの本とは違って怖い存在だったら?
彼のワークショップが何かの宗教に繋がっていたら!?
でも、彼は私に大切なことを教えてくれる気がする。
行きたいけれど、どうしよう!?



そうやって悶々としている内に、彼のワークショップの日にちはどんどん迫ってきました。もう、参加するには明日、明後日中に申し込みの電話をしなければ!というときに、私は自分の声を聞きました。
ちょうど自転車に乗っていたときです。
「今からあそこのブックオフに行って、右の奥の真ん中の棚の、真ん中を見るように!」と。
そこで私は近所のブックオフに行って、言われたととおりの棚の前に立ち、言われたととおりの場所を見ました。
するとそこには、※「ECTON-エクトンが描く意識の地図」(リチャード ラビン著、チャンパック翻訳、ヴォイス刊)と「BASHAR」(ダリル アンカ著、ヴォイス刊)と書かれた本が並んでいました。
ふーっと気が抜けて、「BASHAR」という本を手に取ると、それは同じ出版社の本の違うセミナーを記録したもので、なんだか楽しそうな会話が載っていました。
次に「ECTON-エクトンが描く意識の地図」を手に取ると、それもバシャールと同じような構成でセミナーの内容が同じように書かれていて、安全そうでした。



そして私はワークショップに行くことに決めました。
それでも勇気を振り絞って、西麻布にあるビルのセミナー会場に行くと、会場は明るい感じで、普通の人達が普通にいてとてもびっくりしました。なんでイタコなのに、こんなに皆普通に話を聞きに来ているんだろう、と思いました。
ワークショップは和やかに進められ、その場の雰囲気もあってか、リチャードがエクトンをチャネリングしても全然怖くもなく、(今思い返すと最初はチャネリングという現象にびっくりしたのだと思います。)、エクトンは聴衆を導く神様のようでもなく、何かを強制するでもなく、売りつけるわけでもなく、特別なパワーを与えてくれるわけでもなく、ただ愛情に溢れたようすで世界を語り、人々の相談に乗っていました。
そこで私は、世界はやっぱり一つなんだ、目にに見えない世界ってあるんだ、見えない存在もいてサポートもしてくれるけれど、自分の人生は自分に責任があるんだ、と学びました。



それから私はもう少し深く見えない世界について知ることになり、その間私自身がワークショップのスタッフになったり、いわゆるサイキックな人たちにもたくさん会いましたが、最初に感じたこと、ニューエイジという言葉に対する私の見解は基本的に変ってはいません。
自分の力を誰かに預けてしまうものが宗教だとしたら、自分の力を思い出し、自分自身を生きるのがニューエイジです。そして、どんな人の内側にも自分自身を導く力が存在します。また求めれば外部からたくさんのサポートも得ることができます。
聞こえ始めた私の声は私を困らすことなく、今は自然に私と融合しているような気がします。必要なメッセージが必要に応じて何らかの形で届くと信じ、それと共に私は人間としての生活をしっかり営んでいます。
そして、「ようこそ地球へ ECTON2」(リチャード ラビン著、チャンパック訳、解説:吉本ばなな、ヴォイス刊)に書かれていたように、想像もしなかったような扉が私の人生で開かれ続けています。

2006年1月9日 in Tokyo, JAPAN

※「ようこそ地球へ ECTON2」と「ECTON-エクトンが描く意識の地図」は、現在リチャード・ラビンのHPで見ることができます。


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